◆発表のポイント

  • ヒトiPS細胞由来の大脳オルガノイド同士を軸索で結合させた組織(コネクトイド)は、複雑かつ強い、同期した神経活動を示した。
  • 光遺伝学的にオルガノイド間の神経束を刺激すると、神経活動の引き込みと短期的な可塑性が観察された。
  • ヒトの脳の複雑な神経回路網を再現するための新しいモデルを開発した。脳の領野間結合の発達メカニズムや機能の解明、および疾患治療法開発に新たなアプローチを提供する。

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軸索の束で接続された大脳のオルガノイド

概要

 東京大学 生産技術研究所の池内 与志穂 准教授(兼務:同大学 Beyond AI研究推進機構、同大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻)、大崎 達哉 特任助教(研究当時)、周小余 特任助教、池上 康寛 特任研究員(研究当時)、ドゥンキー 智也 同大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程、ボルドー大学のロマン・ボボワ 博士課程、ティモテ・レヴィ 教授、鹿児島大学の玉川(中川)直 助教、宮崎大学の平野 羊嗣 准教授の研究チームは、ヒトiPS細胞から作製した大脳オルガノイド同士を神経軸索(注1)で結合させ、複雑な神経活動を示す脳組織モデルの開発に成功しました。本研究では、2つの大脳オルガノイド(注2)の間に神経の束を形成させて相互に結合した脳組織モデルを作製し、その神経活動を解析しました。この組織(コネクトイド)は、従来の単独の大脳オルガノイドや、直接融合させた大脳オルガノイドと比べて、より複雑で強い、同期した神経活動を示しました。また、光遺伝学的手法(注3)により神経束を刺激すると、神経活動が引き込まれ、短期的な可塑性も観察されました。本研究は、脳の領野間を結ぶ神経回路網の発達メカニズムや機能の解明に新たなアプローチを提供するものです。

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図1:軸索束で接続された大脳オルガノイドの複雑な活動

◆発表内容

 脳は、複数の機能的に異なる領野が神経回路で結合されることで、高次の情報処理を可能にしています。例えば、感覚情報を処理する領野と運動を制御する領野が結合することで、外界からの情報を適切に処理し、柔軟な行動を生み出すことができます。しかし、ヒトの脳では、このような領野間の結合が非常に複雑であるため、その発達メカニズムや機能の解明は容易ではありません。
 これまでに、ヒトiPS細胞から作製した大脳オルガノイドを用いて、脳の発達や機能を再現する試みがなされてきました。しかし、神経オルガノイドは脳の一部を模倣するものの、自発的に脳の領野間結合を再現することは困難です。また、複数のオルガノイドを直接融合させる方法では、生体内の神経回路とは異なる結合様式になってしまうという問題がありました。
 本研究では、これらの問題を解決するために、2つの大脳オルガノイドを軸索で結合させる新たな方法を開発しました。具体的には、微細加工技術を用いて作製した特殊な培養チップ内で、2つの大脳オルガノイドを離れた位置に配置し、それらの間に軸索の束を形成させました。この方法で作製された神経組織モデルを「コネクトイド」と呼んでいます。
 コネクトイドは、従来の単独の大脳オルガノイドや、直接融合させた大脳オルガノイドと比べて、より複雑で強い、同期した神経活動を示しました(図1)。また、光遺伝学的手法により神経束を刺激すると、コネクトイドの神経活動が引き込まれ、短期的な可塑性も観察されました(図2)。これらの結果は、コネクトイドが生体の脳により近い機能的な結合を有していることを示唆しています。
 さらに、本研究では、神経束を介して結合している神経細胞は、そうでない神経細胞と比べて活性化や成熟に関連する遺伝子発現が高いことを明らかにしました。この結果は、軸索による結合がコネクトイドの機能的な発達に重要な役割を果たしていることを示唆しています。
本研究で開発されたコネクトイドは、ヒトの脳の複雑な神経回路網を再現する画期的なモデルであり、脳の発達や機能、さらには脳の障害の仕組みの解明などに役立つ可能性があります。また、将来的には、創薬スクリーニングへの応用も期待されます。

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図2:軸索束の光遺伝学的刺激による神経活動の変化

◆発表者・研究者等情報

東京大学
 生産技術研究所
  池内 与志穂 准教授
   兼:東京大学 Beyond AI研究推進機構
   兼:東京大学大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
   兼:東京大学 生研技術研究所 附属LIMMS/CNRS-IIS
  大崎 達哉 特任助教(研究当時)
  周 小余 特任助教
  池上 康寛 特任研究員(研究当時)
 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻
  ドゥンキー 智也 博士課程

 

ボルドー大学
 IMSラボラトリー
  ティモテ・レヴィ 教授
   兼:東京大学 生研技術研究所 附属LIMMS/CNRS-IIS
   兼:東京大学 生産技術研究所(研究当時)
  ロマン・ボボワ 博士課程

 

鹿児島大学
 大学院医歯学総合研究科 神経病学講座神経筋生理学分野
  玉川(中川)直 助教
   兼:東京大学生産技術研究所 協力研究員

 

宮崎大学  医学部 臨床神経科学講座精神医学分野
  平野 羊嗣 准教授
   兼:東京大学生産技術研究所 リサーチフェロー

◆論文情報

雑誌名: Nature Communications
題 名:Complex Activity and Short-Term Plasticity of Human Cerebral Organoids Reciprocally Connected with Axons
著者名:Tatsuya Osaki, Tomoya Duenki, Siu Yu A. Chow, Yasuhiro Ikegami, Romain Beaubois, Timothée Levi, Nao Nakagawa-Tamagawa, Yoji Hirano, Yoshiho Ikeuchi*
DOI: 10.1038/s41467-024-46787-7

◆研究助成

 本研究は、東京大学Beyond AI研究推進機構、科研費(課題番号:20K20178, 22K20501, 22K18167, 21H02851, 22K06446, 22H05094, 17H05661, 20K20643, 20H05786)、AMED-P-CREATE(G02-53)、JST SPRING(JPMJSP2108)、ANRIフェローシップ、ボルドー大学、BIOMEG、Core-to-coreプログラム(JPJSCCA20190006)、AMED(JP20gm1410001)、武田科学振興財団、カシオ科学振興財団の支援により実施されました。

◆用語解説

(注1)軸索(じくさく、axon)
 ニューロン(神経細胞)から伸びる細くて長い突起で、電気信号を他の神経細胞やその他の細胞へと伝えます。

(注2)大脳オルガノイド(cerebral organoid)
 ヒトの多能性幹細胞(iPS細胞やES細胞)から作製された、大脳組織の構造を部分的に再現した三次元培養組織モデルです。

(注3)光遺伝学的手法(optogenetics)
 光感受性タンパク質を用いて、生きた細胞や組織の特定の細胞集団の活動を光で制御する技術です。この手法は神経および脳の機能研究や神経疾患の治療法開発に役立てられています。