大学院医歯学総合研究科形態科学分野の堀江正男准教授の研究グループは、新潟大学脳研究所システム脳生理学分野、日本電信電話(株)NTTコミュニケーション基礎科学研究所との共同研究により、マウスを用いた研究で音の情報を大脳の高次聴覚野に伝える新しい経路を発見しました。

 音の認知は、高度な情報処理をする大脳の中の、音を担当する聴覚野が活動することで可能になります。これまでは、音の情報を耳から脳に伝える経路(聴覚(ちょうかく)伝導(でんどう)路(ろ))は、大脳一次聴覚野という大脳で初めて聴覚情報を処理する部位に一本道で到達すると考えられてきました(図1A)。しかし、一次聴覚野よりも複雑な音を処理する高次聴覚野へは、音の情報がどのような経路で届けられているのか、よく分かっていませんでした(図2B)。

 

181011

図1、音を大脳皮質聴覚野に伝える聴覚伝導路
(A)聴覚伝導路の全体像。蝸牛の基底板の振動は電気信号に変換された後、聴覚伝導路を通って脳の中を進んでいく。途中、蝸牛神経核、上オリーブ核、下丘中心核、内側膝状体腹側核などの神経核を経由し、最終的に大脳聴覚野に音情報が到達する。蝸牛で出来たトノトピー[1]は、脳を伝っていく中でずっと保存されている。
(B)内側膝状体腹側核(MGv)から大脳聴覚野への神経投射[2]。MGvでは、各周波数にチューニングされた細胞が低音から高音まで並んでいる。MGvの細胞は、その関係を保ったまま一次聴覚野へ投射する。二次聴覚野の神経細胞も低音から高音へと並んでいるが、二次聴覚野の神経細胞がどのように音の高さの情報を受け取るのかよく分かっていなかった。

 

 研究グループは、高次聴覚野の一つである二次聴覚野のトノトピーに沿って、青・緑・赤の3色の逆行性トレーサー[3]を微量注入しました(図2A)。すると、内側膝状体腹側核(ないそくしつじょうたいふくそくかく;MGv)の後ろ側に多数の神経細胞が染まりました(図2B,C)。このことは、MGvの後ろ側に存在する神経細胞が、直接二次聴覚野に繋がっていることを示しています。それだけでなく、青・緑・赤に染まった神経細胞はMGvの表層より深いところから浅いところにかけて順番に配置していることも分かりました(図2B)。このことは、MGvの後ろ側は、深いところから浅いところに向かって低音-高音が表現されていることを示唆しています。過去の研究で、MGvのやや前側にある神経細胞が一次聴覚野に投射していることはすでに分かっていました(Takemoto et al., 2014, J. Comp. Neurol.;Tsukano et al., 2017, Front. in Neural Circuits;図1A)。今回、二次聴覚野に投射する神経細胞がMGvの後ろ側にあることが判明し、MGvは複数の区画に分かれていて、それぞれが聴覚野の領域に投射する並列な回路になっていることが分かりました(図3)。

 聴覚伝導路は、とても基本的な解剖学の知識です。そして、高次聴覚野は自然界に飛び交う複雑な音を認識するために重要な領域だと考えられています。その高次聴覚野へどのような道筋でに音の情報が届けられているのかは、脳機能を明らかにする上でとても重要なことです。現在の神経科学では、マウスが標準的なモデル動物として扱われています。したがって、マウスの大脳聴覚野・聴覚伝導路の機能を一つ一つ解き明かしていくことが重要だと考えます。本研究は、今後行われる多くの聴覚研究の基盤となることが期待されます。

 

181011 2

図2、新たに発見された二次聴覚野に投射するMGvの細胞。
(A)神経トレーサー注入の模式図。3色の逆行性トレーサー(Fast Blue, CTB-488, CTB-555)を二次聴覚野の低音領域から高音領域に注入することで、二次聴覚野に投射する神経細胞を染色する。A1は一次聴覚野の略語、A2は二次聴覚野の略語。
(B)神経トレーサーを注入した後のMGvの前側の図。MGvの前側には、神経トレーサーで染色される細胞がほとんどない。左の大きな図は、右の3色の画像を重ね合わせたもの。
(C)神経トレーサーを注入した後のMGvの後ろ側の図。MGvの後ろ側には、神経トレーサーで染色された神経細胞が多数存在していることが分かる。さらに、下から上の方向に、青・緑・赤のグラデーションが見える。

 

181011 3

図3、音の情報をMGvから二次聴覚野に運ぶ新しい経路。
一次聴覚野へ投射する細胞はMGvの前側にあり、低音から高音にチューニングされた細胞が上から下の方向に並んでいる。一方、二次聴覚野へ投射する細胞はMGvの後ろ側にあり、低音から高音にチューニングされた細胞が下から上の方向に並んでいる。

 

用語解説

 [1] トノトピー  低音に反応する細胞から高音に反応する細胞が順番に並んだ構造。音が耳に入ると、高さの情報はトノトピーという場所の情報に変換される。

 [2] 投射  神経細胞が軸索を伸ばしていること。神経細胞は、他の神経細胞に情報を伝えるために軸索と呼ばれる長い突起を伸ばしている。

 [3] 逆行性神経トレーサー 任意の脳領域に投射している神経細胞を可視化するための試薬。逆行性トレーサーは、軸索の末端から細胞内に入り、軸索内を運ばれ神経細胞の細胞体に蓄積する性質がある。

 本研究成果は、英国オックスフォード大学出版誌『Cerebral Cortex』オンライン版に掲載されました。

タイトル:Direct Relay Pathways from Lemniscal Auditory Thalamus to Secondary Auditory Field in Mice 著者:Ohga S, Tsukano H, Horie M, Terashima H, Nishio N, Kubota Y, Takahashi K, Hishida R, Takebayashi H, Shibuki K 掲載誌:Cerebral Cortex doi:10.1093/cercor/bhy234

URL:https://academic.oup.com/cercor/advance-article/doi/10.1093/cercor/bhy234/5112940